今熊野学区すこやか学級で「東山区の地理と歴史」のお話し

 梅雨らしい天気になりかけた本日、今熊野学区健康すこやか学級では東山区長の鷲頭雅浩さんから「東山区の地理と歴史」というタイトルでお話しがありました。京都盆地ができる前の話から東山区にある山や川の話など歴史文献や地図の写真も取り入れて分かり易いお話しでした。話の途中では、3択クイズが行われ、参加者も「そら知らなんだ。」とばかり新しい発見に夢中になっている方もおられました。

 次回、7月にも第2弾が予定されています。皆さんお楽しみに!(事務局 藤井一)

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コメント: 4
  • #1

    kenken (火曜日, 01 7月 2014 23:46)

    憩いの家の隣に村田ツ子という石碑がありますが、どういう由来があるのでしょう?

  • #2

    北夙川不可止 (月曜日, 08 5月 2017 15:26)

    同じく、村田ツ子さんについて気になっています。前の方の質問から三年が経過していますが、お返事をお願いします。

  • #3

    村田俊也 (水曜日, 05 2月 2020 18:20)

    突然ですが、村田ツ子(つね)さんについて私も色々と探していたところ、こちらに辿り着きました。
    ツ子さんは私の祖母にあたる方ですが、事実としては実の祖母の姉にあたる方です。
    2017年に父を亡くし遺品の中から、稲荷山、中の社、青木大神と書いたメモを見つけました。
    その事で母から今熊野の事を聞く中で、今熊野に教会があり母が毎朝掃除をしていたそうです。
    その教会が稲荷信仰の教会だったようです。
    講の教祖がツ子さんだったようです。
    先日稲荷山に登り中の社に参って村田ツ子と彫られたお塚は確認できました。
    今現在判明しているのはここまでです。

  • #4

    村田俊也 (木曜日, 06 2月 2020 11:37)

    続きです。
    今朝も稲荷山参拝してきました。
    中の社青木大神本社右のお塚が、重本大神として吉奈会のお塚になります。
    正面に吉奈教会教主 村田ツ子と彫られていました。